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なぜ売れない不動産営業マンか考えてみる

こんにちは、宅建士のなかねです。実は私、不動産営業を始めたころ全く売れないダメダメ営業マンでした。今振り返ると、プライドだけ高くて理屈ぽっくて最悪な人間性だった事が要因の一つ、そして売り方というか、営業マンというものが全く理解できていたなかったと強く思いますね。そんな話を今回は書いてみたいと思います。

 

何故売れない不動産営業マンだったのか

それまでの私は、一部上場企業の経理部に所属し、今思うとプライドばかり高い人間、しかも高卒なのにね(汗
黙って我慢して努めていれば良いだけの自分に、なんだかいらいらしていたんだと思うのね。
でも、結局退職する羽目になりまして、所謂、一部上場企業勤務という看板を失ったわけです、しかも自業自得ですね、個人的な問題でやめる事になりましたからね、さてドロップアウトした私はその後どんな人生を送ったか。
まっ売れない不動産営業マンに、まずはなったんですね。
まぁ~自分なりにどんなに頑張っても売れなかった。
だから、せいぜい3か月から6か月で転職ですよ、経験者ならわかると思いますが、居場所がなくなるのよね、成績が上がらないとどんなにコツコツ頑張ってもいる場所がなくなる。
その後少しは売れる営業マンになったのね、でも好成績は続くものではなくて、結果、また転職です。
こうして、私の履歴書は到底1枚では書ききれない、最悪の職務経歴になりましたよ。

 

不動産の営業に関しては

一口に不動産営業とと言っても、まったく別物なんですね、何かというと、デベロッパーで新築マンション販売する営業マン、同じく新築の建売する営業マン、中古物件含めて仲介する営業マン、そして一番レベルが低い、賃貸住宅の営業マン。
賃貸住宅に関しては、もはや専門性はいらない、今日から明日から未経験で即できる営業です。
因みに、私は上記の営業マンを全て経験しました。
それプラス、土地屋もやりました、言葉が悪いですが地上げ屋です。
私がやっていた土地屋は埼玉県で農家中心に営業をして土地を譲っていただく仕事で、新宿でダンプカー突っ込ませる地上げ屋でないので誤解無くお願いします。

 

さて、初めて不動産営業を経験したのは埼玉県です、所謂ギリギリ首都圏エリアです。中古住宅含めて不動産仲介業の営業マンです。
売買価格の3%+6万円って手数料をいただく仕事ですね。といっても、俗に言うところの「町場の不動産屋」ってことなんですね。
入社2か月目で初契約を上げましたよ。
何で売れたか、どうして買ってくれたかなんてさっぱりわからん状態で、契約だけ終わりましたね、だから次につながるとか、そんな意気込みとかなにも生まれないですよね、今思うとそれでも人生初契約、とっても笑ってしまったり、悔しかったりって思いがよみがえります。

 

私が売れない不動産営業マンだった訳

さて、余談が長くなりすみません。
私が売れない不動産営業マンだった訳は、沢山ありますが、
まず、売れる喜びを知らなかった。
たった、1件の家を売ることの意義や、幸せを感じたり知ることができなかった。
正直、怠けものでした。
お金を稼ぐことに貪欲でなく、また目標を持っていなかった。

 

いや~書き出すと止まりません、でもそんなもんでしょ?
不動産営業マンって、平日の日中ってかなり自由ですよね、パチンコやったりできちゃう、良い場所を見つけて車で昼寝もできちゃう、彼女とコッソリあって、なんてことも自由にできる時間があるんですよね。
まっ、そこが落とし穴なんですけどね。

 

でもね、実は売れない不動産営業マンって自分で作っていたと後できがつくのね、まっ上記の事は一言で言えば「自己管理」でしょ?頭に来るくらい上司に自己管理とか色々罵倒されて、余計にやりたくなる、いえやりたくてもまた怒鳴られると思うと体が動かなくなんだよね!
でもね、問題はそこじゃないんだ、上司に罵倒、怒鳴られても関係なんですよね、だって上司は立場上仕方なく言っている言葉や態度で、彼も彼女も厳しい状態におかれてるんだ、だけど自分には心が委縮してこれ以上できない、そんな時は、私は即転職!
ずるいかもしれないけど、逃げるが勝ちさぁ~って叫んでね!
でも、結局売れない不動産営業マンのままね!
さて、どうしたものか…
そんな訳で、私が売れる営業マンになる為に行った事をこのカテゴリで書いて行きますね。
時代が変わっても、モノを売る事はAIには無理よ!人間でないとダメダメが不動産営業マンだと私は思うのね。
と言っても、もうAIが販売してるじゃん!って思うでしょ。でもね、不動産の営業は、物件を売るのが最終目的だけど、買い手の人生観や子供の成長、また老後迄考える仕事なんだよ。
まだ30年はAIには無理無理ね(笑

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